1916/11/10 - 2004/1/22
欧米では『名アレンジャー』とされながらも、なぜか日本では評価が少ないビリー・メイ(Billy May)さんを取り上げます。
どんな人
たぶん、多くの人が『ビリー・メイって誰それ?』状態だと思います。
一番わかり易いところで言えば、アニタ・オデイ(Anita O’Day)さん(ジャズ・ボーカリスト)のアルバムジャケットでブランコに乗っているものがあるのですが、そこでブランコを後ろから揺らしている(?)男性です。そのアルバムのタイトルは、『スウィングス・コール・ポーター』(Swings Cole Porter)ですけど、その後ろに『ウィズ・ビリー・メイ』(With Billy May)とつく場合とつかない場合があったようです。
グレン・ミラー楽団でトランペットを吹いてなおかつアレンジもしていました。映画『サン・ヴァレー・セレナード』(Sun Valley Serenade)のイン・ザ・ムード(In The Mood)でトランペットソロを吹いている人です。
経歴
ここで、メイさんの経歴を簡単に見てみましょう。
- 1916年ペンシルベニア州ピッツバーグで生まれる。地元高校のバンドでチューバを吹き、その当時に「アレンジャーやオーケストレイターになろう」と思い始める。
- 1938年の夏にチャーリー・バーネット(Charlie Barnet)楽団が地元に来訪した際、バーネットさんに自身をアレンジャーとして売り込み、1940年まで同楽団でアレンジャー及びトランペット奏者として在籍する。メイさんのアレンジによる楽曲『チェロキー』(Cherokee)はスウィング・ビッグバンド音楽を代表するほどの大ヒットとなる。
- 1940年グレン・ミラー(Glenn Miller)さんによりグレン・ミラー楽団に引き抜かれる。1942年5月ごろまで同楽団でアレンジャー及びトランペット奏者として在籍。数々のレコーディングや映画に参加。
- 1940年代後半からロサンゼルスに居を移し、主にキャピタル・レコード(Capitol Records)にて編曲およびスタジオ・オーケストラ指揮者として活躍。
(ビリー・メイさんが、チャーリー・バーネットさんやグレン・ミラーさんと縁が深かったことは今回の記事調査で初めて知りました。 - アムレス店長)
歌詞に出てくるアレンジャー
ビリー・メイさんがスタジオ・オーケストラで手掛けたジャズ・ボーカリストのアルバム作品をちょっとだけ見ていきましょう。
キャピタル・レコード(Capitol Records)
- フランク・シナトラ(Frank Sinatra)さんの『カム・フライ・ウィズ・ミー』(Come Fly With Me)(1958年)
- ナット・キング・コール(Nat King Cole)さんの『ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス』(Just One of Those Things)
- ペギー・リー(Peggy Lee)さんの『プリティ・アイズ』(Pretty Eyes)
ヴァーヴ・レコード(Verve Records)
- エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)さんの『シングス・ザ・ハロルド・アーレン・ソングブック』(Ella Fitzgerald Sings the Harold Arlen Songbook)
- アニタ・オデイさん(Anita O’Day)の『スウィングス・コール・ポーター・ウィズ・ビリー・メイ』(Anita O’Day Swings Cole Porter with Billy May)
リプライズ・レコード(Reprise Records)
- フランク・シナトラさんとデューク・エリントン(Duke Ellington)さんの『シナトラ・スウィングス、フランシスA & エドワードK』(Sinatra Swings, Francis A. & Edward K)
また、この時期1948年から1966年には自己名義のビッグバンドアルバムを 10タイトル以上出しています。
余談ですが、キーリー・スミス(Keely Smith)さんのアルバム『ポライトリー』(Politely!)に収録されている『アイ・キャント・ゲット・スターテッド』(I Can’t Get Started)では、「ビリー・メイが私のためにこれをアレンジしてくれた」(Billy May arranged this for me) とまで歌われています。
プレジデントに推薦?
サミー・ネスティコ(Sammy Nestico)さんの1983年のビッグバンド譜面に、『ビリー・メイ・フォー・プレジデント』(Billy May for President)という曲があったようです。
また、パット・ロンゴ(Pat Longo’s Super Big Band featuring Frank Sinatra, Jr)さんの1983年のアルバムにまったく同じタイトルのものがありました。(私はこのアルバムでビリー・メイさんの名前を意識し始めました。 - 店長 山崎)
その当時、ビリー・メイさんを元気づけようというような動きがあったのでしょう。
また、NAMMのオーラル・ヒストリーでは、サミー・ネスティコさんと一緒に2002年に収録された貴重なインタビュー動画が掲載されていたりします。
ここまでほんの少しだけのご紹介でしたが、メイさんが半端ない方だということがお分かりいただけたかと思います。
関連商品紹介
ビリー・メイさんのビッグバンド譜面は近年、少しずつ復刻されてきています。 ぜひご覧ください。
- ビッグバンド譜面
- ボーカルビッグバンド譜面(ボーカリストさんは必見です! “What A Little Moonlight…” がおすすめ)
参考資料
- ビリー・メイの半生:シナトラやコールを支えた名アレンジャー | uDiscover jp (下の英語版の翻訳記事ですが、とても良くまとまっています。)
- Celebrating Bill May: The Great Arranger | uDiscover
- Billy May - Space Age Pop
- Billy May - Wikipedia
- Billy May | ディスコグラフィー | Discogs
- Glenn Miller - In the Mood - Sun Valley Serenade (1941) HQ - YouTube
- I Can’t Get Started - Keely Smith - YouTube
- Billy May for President - Townhall Records
- Billy May | Oral Histories | NAMM.org
1 コメント
BingoSaru
ブレイク前のブルース・リーがKATO役で出演した事で知られる、テレビドラマ「グリーンホーネット」のオープニング曲…リムスキー・コルサコフ「熊ん蜂の飛行」を編曲して「グリーンホーネット」としたアレンジャー名で掲載がありました。主の調査で人物が分かりありがたかったです。