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山崎 代三(やまざき だいぞう)

やまざき だいぞう
店長&仕入&顧客サービス&総責任者&おとぼけ

略歴

1964年 東京都葛飾区金町 生まれ。物心ついたころからは亀有で生活していました。小学校では引っ込み思案でいじめられてましたので、あまり楽しい思いではありません。中学校に入ってようやく自分を発揮できるようになりました。恩師や同級生と音信不通なのがとても残念です。

1978年 江戸川区西葛西に引越しました。当時、西葛西駅は無く、自宅は葛西駅まで歩いて30分の距離にありました。今の西葛西駅のあたりは、広大な野原で、清新町のあたりは、鳥がよく来る湿地でした。

1979年 都立工業高専(東京都立工業高等専門学校)入学。葛西&西葛西から鮫洲まで電車通学。帰りは、新橋や銀座でお茶したりバイトしたり。昼休みに新宿までランチ・バイキングを食べに行くなんてバカなこともやってました。吹奏楽部に浸りきりでした。

1984年 グラフテック株式会社に入社。この一年はまともな仕事をした覚えがありません。バブル全盛期で、頻繁に飲み会がありました。

1985年 神奈川県大和市に引越しし、初めての一人暮らし。仕事に本腰を入れ、マイクロ・コンピュータや電子回路について沢山勉強した時期です。愛読書はトランジスタ技術やインターフェース。ビッグコミック スピリッツも。

1989年 退職し、1年間外国(詳細は後ほど)へ。

1990年 江戸川区西葛西に引越し。元の上司から紹介されて、自営業で電子回路の設計やプログラムを行うようになりました。ここでスタンドアローン系のパソコンプログラミングを習得しました。「プログラミング言語C」、「C++リファレンス・マニュアル」、「C/C++クラスの構築法」などの書籍は今でも手元においてあります。お金があったので、エレキ・ギター買ったり、ベース・ギター買ったり。今から思えば、もっとまじめに練習すればよかったです。

1995年 結婚。千葉県浦安市に引っ越し。家の前が水路になっていて、舟が係留してありました。山本周五郎さんの小説「べか舟」の舞台に住むことになって、とても感動しました。ここで、ビッグバンドCDや楽譜の通信販売事業化を思いつきました。

1996年 第1子誕生、通信販売事業開始。

1998年 弟を事業に引きずり込み法人化。

1999年 流山市に引っ越し。妻の両親と同居。第2子誕生。

2004年 第3子誕生。現在に至る。

音楽歴

小学校2年生の時に少しだけピアノを習いました。家にはピアノではなく、足ふみ式のオルガンがありました。

中学校1年生の夏にビートルズにハマッタのがきっかけでフォーク・ギターとエレキ・ギターを弾き始めました。 一応担当はリード・ギターでビートルズの主だった曲のリード・ギターはコピーしましたが、結局バンドとして活動したことは全く無しでした。

高専では吹奏楽部に入部し、サックスを吹き始めました。 現在も使用しているアルト・サックスをこのとき購入しましたが、一応バリトン、テナー、ソプラノも吹きました。 高専の4年には学生指揮者とアレンジも経験しました。高専5年の時に、宮島基栄氏にサックスを師事しました。

高専卒業後は、メーカーに就職し、サックスの演奏を忘れない程度にコンボチックな活動をしたり、シンセサイザーで曲を作ったりしました。

メーカー退職&プラプラ旅行後、ちょっとだけエレキ・ギター&ボーカル担当でブルース&ロックトリオを組みました。

ビッグバンドには、1993年に仕事で知り合ったカナダ人から誘われてアルト・サックスで参加しました。 誘われたときは私も周りにいた人も、「いまどきビッグバンド~?」と半信半疑でしたが、バディー・リッチ、ボブ・ミンツァー、カウント・ベイシーのナンバーにハマッテいきました。 聴くものも演るものもあまりジャンルにはこだわらないようにしています。

2003年まで、池袋のビッグバン・ジャズオーケストラでコンダクターとして、浦安のリトモ・サクソフォン・カルテットでソプラノ・サックス・プレイヤーとして活動していましたが、現在バンド活動は長期休止中です。

趣味

●音楽鑑賞

全ジャンル網羅的になるように聴いていました。故 小泉文夫さん と 中村とうようさん の影響を強く受けています。

昔からのお気に入り

洋楽
・ビートルズ
・フランク・ザッパ
・ファンカデリック
・デルバート・マクリントン
・ジェフ・ベック
・レッド・ツェッペリン
・イエス
・マイク・ブルームフィールド
・B.B.キング
・カーペンターズ
・ポール・マッカートニー
・ジョニ・ミッチェル

クラシック
・ヨハン・セバスチャン・バッハ
・ラヴェル
・ドビュッシー
・コダーイ
・バルトーク
・ヴィラ・ローボス

ジャズ
・チャーリー・パーカー
・ヘレン・メリル
・クリス・コナー
・ジュディー・ロンドン
・アニタ・オデイ
・メイナード・ファーガソン
・スパイロ・ジャイラ
・ダイアン・シューア
・ブレッカー・ブラザーズ
・バディー・リッチ
・ボブ・ミンツァー
・カウント・ベイシー

ワールド
・ナジマ
・マイーザ
・エルフィ・スカエシ
・デティー・クルニア
・ディック・リー

旅歴

1989年から1990年にかけて、一年間の外国旅行をしました。この旅行はいわゆる貧乏旅行(バックパッカー)でした。

訪れた国は、香港、オーストラリア、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、バングラデッシュ、インド、ネパール、スリランカ、トルコ、ギリシャ、イタリア、フランス、西ドイツ、オランダ、イギリス。オーストラリアとオランダで3ヶ月ずつ過ごしたのを除いてほとんど一人旅でした。

自分の生活についての考え方に強く影響を受けたのは、インドネシアのバリ島でした。現地のレストランで毎日ブラブラと所在無さげにしている同世代の人々と仲良くなり、「彼らは毎日笑顔で余裕で生活している。こういう生き方もあるんだ…」と悟りました。

ネパールのポカラでは、拍子の少しおかしい(いわゆる変拍子)歌を歌っていた現地の女性達を見て、「この人たちはわざと変拍子で歌っているのではない。変拍子を意識せずに、自然に歌っている。」ということを感じ、「音楽は生活の上に成り立っている。音楽に現れるのは自分自身(の生活)である。」ということを悟りました。

どの国もとても良い思い出に溢れていますが、スリランカだけは内戦で夜間外出禁止だったのでちょっと怖かったです。

1992年11月に仕事で知り合った方とサンフランシスコ、ラスベガス、ハワイに行きました。アメリカっていうのはすごい国です、あんなに嫌いだったのに好きになってしまいました!

1994年12月から1月にかけて、今の妻とトルコに行くつもりで、ブルガリアとハンガリーに行ってきました。正直言ってこの旅はハードでした。旅費を安くあげるため、計画では、行きはアエロフロートでブルガリアに入り、そこからバスでトルコまで、帰りは、トルコからはバスまたは飛行機でハンガリーに行きそこからアエロフロートで、という予定でした。ですが、ブルガリアに到着するなり、私が妻のパスポートを紛失してしまい、そこからが悪夢の始まりでした。
(つづく)

『山崎 代三』の詳しいリンク

山崎 代三(店長)の近況

               

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